ティレルP34

 鈴鹿サーキットの「SUZUKA Sound of ENGINE 2019」で40年前のF1ティレルP34(以下P34)が走行するということで行ってみました。
 シックスホイラーとも呼ばれ、6輪のマシンとして知られているユニークなF1カーです。



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 このP34は、Mr.ミナルディーと呼ばれた元F1ドライバーのピエールルイジ・マルティニ(以下敬称略)所有のマシンで動態保存されてます。
 16日、17日の2回の走行が予定されてましたが、私の行った17日は、ガソリン漏れが起こり走行中止になってしまいました。



左 ピエールルイジ・マルティニ   右 元F1ドライバー  ティエリー・ブーツェン
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ピエールルイジ マルティニの直筆サイン
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チームオーナーだったケン・ティレルの直筆サイン
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 当時のF1カーは、大きなフロントタイヤの空気抵抗がネックになっていたそうで、P34は小さなタイヤとフロントノーズでタイヤを覆うことで空気抵抗を軽減する目的で作られたようです。
 当初はこれが功を奏して活躍したようですが、これを採用したのはティレルチームのみでタイヤ開発が進まず2年で消滅し、レギュレーションでも6輪が禁止されてしまいました。
 日本でも、富士スピードウェイで開催された76年「F1世界選手権イン・ジャパン」と77年「日本グランプリ」で走行しました。
 現在は「ティレル」と表記されることが多いですが、当時は「タイレル」と表記され日本で走行した時は「たいれる」と平仮名でマシンに書かれてました。
 ということで、私は正しい日本語表記は「たいれる」だと思ってます(笑)
 77年の「日本グランプリ」では、P34のロニー・ピーターソンにフェラーリのジル・ビルヌーブが1コーナーで追突し乗り上げてビルヌーブ車が宙を舞い立ち入り禁止区域にいた2人が死亡するという事故が起きてしまいました。
 ピーターソンとビルヌーブは無傷でしたが、その後2人とも別々の事故で命を落としてしまいました。

 ユニークなマシンだったので、現在でも結構現存しているようで、日本にも、プラモデルメーカーの「タミヤ」の本社と「河口湖自動車博物館」(走行可能?)が保存されてるそうです。

 実は我が家にも1台保存されてます(笑)
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 30年位前に作ったような・・・
 「タミヤ」のプラモデルですが、転がして遊んでるうちにタイヤが外れ紛失してます(汗)

 そういえば、おねぇ~ちゃんの友人が77年「日本グランプリ」を観戦し、レース後カウルの破片を幾つか拾って持ち帰ったそうです。
 不謹慎ですが、赤色と白色があったそうで、赤色はフェラーリのジル・ビルヌーブ車に間違いないと思いますが、白色はひょっとするとP34のロニー・ピーターソン車のものだったのかもしれません。




 


 

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